諸葛亮は評価されすぎじゃないか

三国時代の英雄の1人としてよくあげられる諸葛亮。しかし近年、彼は優れた宰相ではあっても、決して優れた戦略家ではなかったのではないか、といろんな人が述べています。つまり政治は得意でも戦争は得意じゃなかったのではないか、ということです。確かに、彼は魏に対して5度くらい大きな戦争を仕掛けていますが、ほとんど領土を奪えていないし、負けたことすらあります。大活躍しているように見えるけど、よく読むと、呉と協力して魏の攻勢に耐えている、ということでしかありません。三国時代の分岐点の1つともいうべき、赤壁の戦いのときには、ほとんど何もできていません。実際に魏と対峙し、向き合ったのは周瑜率いる呉軍です。

風を吹かせて魏軍を燃やした、というはなしがあるけど、あれは史実ではありません。民間にあったおはなしです。つまり実質的には赤壁の戦いに際して、何もしていないに等しいのです。

だけど政治家としてなら評価できると思います。圧倒的な魏という国と向きあって、ほとんど裏切り者をださずに国を保ったというのは立派です。民衆から慕われたというから、良い政治を敷いたのではないか、と思います。

まぁそんな感じです。どっかのうけうりみたいな感じになってしまった・・・

僕が三国志中、最も凄い人物とおもっているのは曹操だからなぁ・・・ どうしても魏ひいきになります。

この記事へのコメント

2008年10月14日 01:23
軍師鳳トウが死んでますからね、蜀の考えは武将の功績や善政など、より、大事なのは、漢王朝再建ですから、魏を滅ぼす目的しかないと思います、本拠蜀を犠牲にしてまで、北伐は大事なことだったのだろう、
だいち
2008年10月15日 13:50
ブログ見ました。凄い。夏王朝のことが書いてある・・

成功の可能性の低い北伐に賭けないといけない状況に追い込まれた諸葛亮が、不幸だったのかなぁ・・・

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