三国志 牛金という人のこと

三国時代、魏につかえた牛金という武将がいます。三国志では端役扱いですが、史書のほうではけっこう凄い(というほどでもないが、それなりに)活躍をしています。なので今回はすこし、その牛金という人のことを、見てきます・・・ 

①(赤壁の戦い後)曹仁の武将として300名の兵を率いる。そして攻め寄せた周瑜率いる呉軍6000人と戦い、追い詰められるも奮戦。曹仁の援軍もあってとうとう脱出。

②235年、攻めてきた蜀漢の馬岱を撃退。

③239年、司馬懿の、公孫淵征討に従軍。


その後、司馬懿に毒殺されました。玄石図なる石に「馬の後を継ぐのは牛である」という言葉が浮かび上がったため、司馬懿は牛金を恐れたのだといいます。

その言葉は、実は、司馬覲(司馬懿の曾孫)の妃の夏侯銅環と牛氏が密通して、司馬睿(東晋の初代皇帝)を生んだということを表しているのだともいいますが、それが事実かどうかは分かっていません。

何にしろ、まったく無関係な占いで殺された牛金という武将は不幸だなぁ・・・

この記事へのコメント

ふーま小太郎
2008年10月05日 00:03
初めまして、私も中国史すきでした、伝説の夏王朝の舜帝、の話しや、後の春秋の西門豹でしたか?せいもんひょうという、人いますよね、夏王朝って本当に存在していたのでしょうか?理想の皇帝像なのかな。
2008年10月05日 12:07
こんにちは。コメントありがとうございます。西門豹は、魏の政治家・名官僚の人かなぁ、多分。夏王朝はあったのではないかなぁ。理想化されているけど、でもあったら面白いなぁという気がします。
ふーま小太郎
2008年10月06日 02:52
はい、本当は三国志マニアです私、曹魏武将、徐晃将軍が好きでした、大斧持って、関羽と一騎打ち、牛金しってます、いちお、関平も強かったそうで。演義ですかね。
2008年10月07日 12:37
僕も三国志好きです! 徐晃は、曹操からも名将とたたえられた人か・・ 僕は曹魏の武将だと張遼(ありきたりだけど・・)が好きです。あとやっぱり曹操は凄い人だなぁ、と思います。
関平は史実では父・関羽とともに首を斬られたということしか記録に残っていないと聞きました。演技では大活躍するけど。

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